ランニング言いたい放題

日本ベアフットランニング協会公認コーチ、Vibram FiveFingers トータルアドバイザー。6歳からランナー、ケガに悩む→2014年靴を捨て裸足になる→2017年ケニアに行く|ケガしやすい自分のためにも楽で速い=究極のランニング目指してブログ配信中。記録やケガにお悩みのランナーにおススメです。お問合せ:hadashi.rc@gmail.com。by須合拓也

【埼玉・飯能】2019.10.12(土)飯能ベアフットマラソン×ケニア式ベアフットランニング教室開催します。

このブログで書いているケニア人の走り方を身に着けるための、動き作りを中心としたベアフットランニング教室と飯能ベアフットマラソンの試走会を開催します。

 

ビブラムファイブフィンガーズの試し履き、Instinct Trail Vestの試着も可能です。

(モデル:V-ALPHA

 

イベントでは当ブログの掲載のトレーニングについてやっていきたいと思います。

 

詳細・お申し込みは以下のページよりお願いします。

http://hadashirunning.jp/event/2019/07/201907-1770.php

 

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【大阪】2019.9.7(土)ケニア式ベアフットランニング教室(下福島公園)開催します。

このブログで書いているケニア人の走り方を身に着けるための、動き作りだけを中心とした”走らない”ベアフットランニング教室を開催します。

ビブラムファイブフィンガーズの試し履きも可能です。

(モデル:V-ALPHA

 

イベントでは当ブログの掲載の以下のトレーニングについてやっていきたいと思います。

 

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【大阪】2019.9.7(土)ケニア式ベアフットランニング教室(下福島公園) | イベント | 日本ベアフット・ランニング協会 

 

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薬にも毒にもならない食事

 

人が生きていく上で食事というのは欠かせません。

そしてアスリートにとってはより重要と認識されています。

ただ、その重要さがどれほどのものなのか考察されているところをあまり見たことが無いです。

 

今回はアスリートにとって食事の重要性を考察したいと思います。

 

人にとって食事というのは栄養摂取の一面があります。

人は栄養を摂取することによって生活の中での行動のエネルギーや基礎代謝、新陳代謝を行っています。

運動量の多いアスリートはそうでない人より、必然的により多くの栄養を、つまりより多くの食事を必要とすると考えられます。

 

ただ、まず一つ言えることは食事のみの影響によって競技能力が上がることは基本的に無い、ということです。

これだけ聞くとちょっと受け入れ難いと思われるかと思いますが、それほど変な話ではありません。

 

要は、普段運動をしない人が単にどんなに良い食事を摂ったところでスポーツでのパフォーマンスが向上することは通常あり得ません。

もし摂取しただけで向上するなら、それは所謂ドーピングです。

ドーピングはスポーツにおいては禁忌ですし、まさに薬にも等しい効果のある食事であれば、薬のように副作用があると考えていいでしょう。

それはもう食事とは言えませんね。

 

私は必要な十分に栄養が取れるのであれば細かい食事の内容は何でもいいのではないかと思います。

ただし、何でもいいと言っても余計なものはなるべく摂らないほうがいいです。

ここで言う余計なものとは、本来食品に入っていなかった着色料や保存料などの添加物です。

添加物は体に悪いものもあればそうではないものもあると思いますが、もともと自然界になく、人間の体には不必要なものなので摂取するのはそれ自体が無駄ですね。

(今の生活だと添加物の入っていない食品だけを摂るのはなかなか至難の業ですが)

 

私は基本的に体に悪い食品は存在しないと考えています。

例えばフライドポテトはファーストフードで一般的には体に悪いとされていますが、厳密には違います。

フライドポテトに使うジャガイモも塩も油も本来体に悪い食品ではありません。

体に悪くなるのはジャガイモが遺伝子操作されていたり、油に変なもの混ぜていたり、或いはフライドポテトばかりを食べすぎたりするから体に悪く働くのです。

 

つまり人間側が悪いのです。

もし摂取して体調を崩すのであれば、それは食べ物ではなく毒です

 

私は食事に特別な期待をしていません。

もっと言うと薬とも毒とも言えるような劇的な効果を求めていません。

 

生物として考えると、生存しやすい生物とは食べ物が少なくても、又は粗食でも生きていける生物です。

それが強い生物です。

 

沢山食べないと生きていけない生物は生存しにくいというのが自然の摂理です。

人間もその例に漏れず、餓死には強いですが食べすぎには弱いです。

そして食事、つまり栄養をたくさん摂ったとしても人の栄養の処理能力は決まっているので、必要以上に食事をしても意味はありません。

 

正確な情報ではありませんが、ケニア人は食事による摂取カロリーより、生活と運動による消費カロリーの多いネガティブエナジーバランスにあるそうです。

(参照リンク:ケニア!! | 藤原新

私がケニアに行った時も、ケニア人の選手は粗食でも全然走っていたのを目の当たりにしているので、余計にスポーツのパフォーマンスにおける食事の効能はかなり限定的なものだろうなと思っております。

むしろ、場合によってはたまには栄養が足りないほうがパフォーマンスが上がるのかもしれません。

(注意してほしいのが今回の話はスポーツのパフォーマンスにのみ焦点を当てて話しています。粗食が食事として真に理想的なのか、健康的かどうかはまた別の話です)

 

最後に食事の大事な役割として精神的な効果があります。

食事には精神に対してプラスやマイナスの効果があるということです。

 

凄い当たり前のことかもしれませんが、食事は決して栄養を摂れていればいいわけではありません。

選手によっては栄養摂取を重視した効率的ともいえる食事によってストレスが溜まり、体重が増えたりパフォーマンスが悪化したりすることもあります。

これではいくら栄養を摂取出来ていてもスポーツ選手にとっては無意味です。

 

なんでもウサイン・ボルト北京オリンピックの時に好物のマクドナルドのチキンナゲットばかり食べていたそうです。

栄養の観点からすればあまり望ましくない偏食ですが、それでも彼は世界一のスプリンターです。

他の選手がこれをマネしても世界一になることはおそらく無いでしょう。

なぜこうなるのか科学的には何の説明もできませんが、それが現実です。

栄養を摂ることは確かに大事ですが精神にプラスの影響があるのであれば、体調を崩さないのであれば栄養的には不要なものを摂っても、結果的にはそのほうが良いときもあるのです。

 

今回の記事も自分で書いていて話が二転三転しているなと思いますが、正直食事については私もわからないことばかりなので、こんな内容になってしまっています。

 

とりあえずまとめると栄養が十分足りる程度にバランスよく食べて、特別な効能を求めず、体と心の調子を整えることを目的に摂るのが良いのではないか、ということです。

多少なりとも参考になれば幸いです。

 

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runner-takuya-sugo.hatenablog.com

日本人は何故足が太く短くなったのか。そして細くなるのか。

私の個人的な悩みですが、私はずっとランナーでありながらも平均を下回る短足です。

また太さもあまり細くはありません。

 

対してケニアに行ったときに見たケニア人ランナーは皆一様に足が長くて細かったです。

私は学生時代も陸上部でしたが、日本人ランナーはケニア人と比べるとどうしても足は太く短いです。

ケニア人のような足の長さ・細さを持つ日本人はランナーの中であっても極めて稀と言って差し支えないでしょう。

 

日本人もケニア人も動物としては同じ種のホモ・サピエンスであるので、本来であれば体型の差は出ない、つまり日本人の集団とケニア人の集団ではっきり分かれるようなことは無いはずですが、現実は体型で見分けがついてしまうくらいの差があります。

 

今回は何故このような差が出るのか考察してまとめてみました。

 

まず前提として日本人の体型には必ず理由があると規定します。

日本人の体型は日本人が今まで生存してくる上で何らかのメリットがあった、つまり短足で足が太いほうが生き残るのに有利であったと仮定するという意味です。

 

短足かつ足が太くて何が有利かというと、これは日本の地形が関係あると私は考えています。

日本の地形は皆さまご存知の通り、山が多いです。

日本の国土の約73%は山地が占めるとのことです。

しかもその山地(河川も含む)は急こう配であることが多いです。

(参考リンク:日本の地理 - Wikipedia

 

人が日常を生きていく上では今も昔も「移動する」というのは必須です。

しかも昔に至っては移動手段は自らの足に頼らざるをえません。

つまり日本人は日常的に急こう配な山地を移動しなければならない環境にありました。

 

こうなってくると急こう配の上り下りに有利な人のほうが日本で過ごす上では有利です。

以前、トレイルランナーとマラソンランナーに求められる資質の違い - ランニング言いたい放題 でも書きましたが、上りにおいては足が短いほうがトルクを考えると上りやすいので有利です。

また足に筋肉があって、上半身はほっそりして軽いほうが急激な坂を上りやすいという側面もあります。

足が短く、筋肉質で、上半身はほっそりしている…まさに典型的な日本人体型になります。

 

 

この体型は下りでも有利になります。

 

下りでも足が長い=ストライドが長いと、足への衝撃が強すぎて負担が大きくなることと、方向転換しにくくなるので事故の危険性が高まります。

かつトレイルの下りは斜度も地面の凹凸もランダムに入り乱れているので細かく調整できた方が安定して下れます。

ストライドが短く、高回転で回す方が理にかなっているのです。

 

しかも短足で下半身が筋肉質であることは、そうでない人(ケニア人)と比べて重心が下に位置することになります。

重心が低いと落下する際の加速度は減り、衝撃は少なくなるのでより一層有利です。

(上りにおいても重心が低いほうが安定していて、踏ん張って力を出しやすいのでこれもまた有利です)

 

因みにこの短く筋肉質な足に、ほっそりとした上半身であると日本で生き残るにあたってもう一つメリットがあります。

日本は急こう配の山地ですので、当然河川も急です。

かつ雨も多い気候となっています。

極めつけは海に囲まれて地震もかなり多いです。

 

もうお気づきかと思いますが日本は昔から非常に水害の多い地域でもあります。

河川の急激な氾濫や突発的な津波に代表される災害から生き残るには高いところに素早く移動できないといけないのです。

その為、より一層必要に駆られて上記の特徴を持った祖先が生き残ってきたために、子孫である私たちは同じような体型の人ばかりになったのでしょう。

 

つまり日本人は急こう配の山地に適応した山岳民族と言っても過言ではないのです。

 

良く日本人の骨格は外人と違って元々筋肉がつきにくいとか細いとか言われていますが、これは順序が違います。

元々同じ骨格だったのが日本の地形に適応して変化したのです。

 

現に現代の子供を観察していると親世代、或いはもっと上の世代に比べ、身長が高いだけでなく、足の長い人が明らかに増えているように感じます。

科学が発達して多様な移動手段に恵まれている現代の日本人は、既に急こう配の山地に適応してもメリットがほとんどないので、我々はだんだんケニア人の形に戻っていっているのだと考察します。

 

その戻るスピードは私個人では正確に予想することは無理ですが、案外100年後の日本人はみんな足の長さや細さがケニア人と大して変わらない体型になっているかもしれません。

 

これは補足ですが、既に現在足が短くて太い日本人であっても、上記を踏まえて体の使い方を変えたならば足の長さを変えることは確実に無理ですが、足を多少細くすることは可能性があると考えます。

何故なら日本人の体型は簡単にまとめてしまうとケニア人と体の使い方が異なるからで、その体の使い方をきっぱりと変えれば必然的に体型も変わるでしょう。

(ただし、今まで無意識的に身に着けてきた体の使い方を変えるというのは、それほど簡単なことではないです。念のため)

 

人にはそれぞれ生まれ持っての性質があり、どうしても細くなりにくい方もいらっしゃると思うので、一概に効果があるとは言えませんが、もしチャレンジしてみたいという方は以前書いた記事、日本人はケニア人のような細い足を獲得できるのか - ランニング言いたい放題 などを参考にしていただいたり、或いは直接質問していただいて構いません。

 

今回はこのあたりで筆を置きたいと思います。

お付き合いいただきありがとうございました。

 

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runner-takuya-sugo.hatenablog.com

何故ケニア人のストライドは大きくなるのか

runner-takuya-sugo.hatenablog.com

 

上にある以前の記事ではケニア人のようにストライドを長くする方法についての考察を載せましたが、今回はそれについて更に考察した内容を追加していきたいと思います。

 

内容は、ケニア人の走りで言えば身長に対して異常にも見えるほど長いストライドが特徴的でありますが、何故そのようになるのか、その考察です。

 

まず前提として、ケニア人のストライドが大きくなるのは、もっと言うと走る動作が大きくなるのには、ケニア人がケニアで生きていく上で動作が大きな個体が有利となる合理的な理由が存在すると考えます。

つまり、走る動作が大きいと得られるメリットこそが、動作が大きくなる原因となります。

 

それでは走る動作が大きいことで有利になる点から考えていきましょう。

動作が大きいとストライドが長くなりますが、ストライドの長さは走る時のピッチ数と負の相関関係にあると考えられるので、ストライドが長い=速く走れるとは限らないでしょう。

(参考記事:ピッチ走法とストライド走法のウソ - ランニング言いたい放題

 

また、動作が大きいと効率的かと言われると、一歩ごとに進む距離は長いので歩数は少なくなりますが、その分一歩ごとの足や体にかかる衝撃は増え、かつ一歩ごとに必要なエネルギーも大きくなると考えられるので、こちらも一概には言えないと思われます。

ではその最大のメリットは何にあるのかというと、不整地での疾走時における可用性にあると私は考えています。

 

まず可用性とは何かというと「システムが継続して稼働できる能力」という意味の、主にIT分野で使われる用語です。

まあ、要は不整地で走っているときにトラブルの発生する確率やトラブルが発生した時のダメージの大小のことです。

トラブルが発生しにくく、かつトラブルがあってもダメージが小さいほうが可用性に優れています。

 

ケニアは地面がほとんど慣らされていない不整地の広大な平原であることがほとんどです。

日本は山地が多く、起伏に富んでいることを考えると全く異なる環境です。

 

そういった”比較的”小さい凹凸の多い平原で全力疾走するときは動きが大きいほうが、地面の状況に合わせて動きを変化させやすいのです。

逆に動きが小さい人は動かせる範囲が狭いために小さな凹凸に足を取られたり、大きく減速せざるを得なくなるのです。

分かりやすい例で言うと自動車のタイヤです。

大きいタイヤだと不整地のオフロードでもガンガン走れますが、小さいタイヤだと溝にハマって動けなくなってしまいがちです。

(下の図参照)

f:id:akttsugou:20190430221426j:plain

つまり、ケニアの不整地の平原では大きく動けるほうが走るにあたって有利に働くため、ケニア人のランニングフォームは大きくなりやすく、結果ストライドも大きくなるということです。

更に補足すると先祖代々、ケニアで過ごしていたケニア人は不整地の大平原を走るのに有利な動きの大きい個体が生き残りやすかったため、体型も大きい動きがしやすいように足が長く、かつ末端が細く進化するように圧が働いたのだと想像できます。

 

 

そして、このように考えると日本人のランニングフォームがケニア人程大きくない理由もある程度説明ができます。

 

先ほども書いた通り、日本は山地が多く、起伏に富んでいます。

先ほどケニアの平原を「”比較的”小さい凹凸の多い平原」と表現しましたが、何と比較しているかというと人間に体の大きさとです。

 

人間の体の大きさから、凹凸への対応できる限界は決まってきます。

その許容範囲以上の不整地では、動きの大小では有利不利が出にくいのです。

むしろ急激な上り下りが多い環境では動きが小さいほうが有利です。

 

何故なら急激な上りでは自動車で言う強いトルクが必要となるので、ストライドの小さいほうが上りやすいです。

ストライドが大きいと一歩ごとに必要なエネルギーが上がっていくので、急激であればあるほど大変になります。

これは階段を3段とか4段飛ばしで上るのが大変なのと一緒です。

 

そして急激な下りでストライドを大きくすることは…言うまでもなく危険ですね。

一応説明すると、ストライドが長いと一歩ごとに足にかかる衝撃がとんでもなく増えます。

下りは重力加速度が関わってくるため、滞空時間が増えるとその分落下速度が重力加速度分、約10m/s2で増えていきます。

2乗なので、長くなればなるほど超負担です。

スピードは速くなるでしょうが、人間の体で長時間コントロールできるとはあまり思えないです。

また、日本のトレイルは起伏に富んでいるだけでなく、曲がりくねっているので、ストライドが長いとコースアウトしやすく、滑落する危険性は高いでしょう。

 

日本の環境条件では動きの大小はあまり影響がないか、どちらかというと動きの小さいほうが有利に働くことが多いために、そういった個体が繁栄して、その子孫である我々日本人は足も短くなったのだと推測できます。

そうやって見ると日本人の体形は山岳民族的と言えるのではないでしょうか。

蛇足ですが、ケニア人に走って勝ちたかったら日本のトレイルで勝負したらいいです。

だいぶ日本人に有利でしょう。

 

もし、ケニア人のような動きの大きいランニングフォームを身に着けたい場合はケニアと同じような環境で走ることが有効な手段の一つだと思います。

少なくとも数百メートル以上ある、小さな凹凸がたくさんある不整地の平地でいろんな速度で走るといいです。

特に全力疾走するときは大きな動きが強く求められますので、良い練習になると思います。

小さな凹凸に富んだ不整地という条件なので、日本の大半のトレイルやサッカー場のような芝生では上記の効果はありません。

 

繰り返しになりますが全力疾走出来る広さがあり、かつ均されていない平原でないとフォームが大きくなる必要がないので、そのような環境を探して練習する必要があります。

 

日本ではそのような環境は少ないですが、都内であれば砧公園や野川公園などが条件に当てはまると思います。

私は多摩川でよく走っています。

多摩川はそういった不整地が多く、練習環境としては理想的だと思います。

 

以外と探せばそういった環境は日本でも見つかると思うので、もし興味がありましたら自宅の周りを探してみてください。

 

そして慣れていない人がいきなり不整地で全力疾走すると転倒してケガをしやすいので、徐々に慣らしてから挑戦することをお忘れなく。

 

今回はこのあたりで終わりにしたいと思います。

お付き合いいただきありがとうございました。

 

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何故ケニア人の走りは美しいのか

f:id:akttsugou:20190416150917j:plain

https://www.clifbar.com/article/running-in-iten-kenyaより)

今回のテーマはケニア人のランニングフォームの美しさについての解説となりますが、珍しくかなり主観に偏ったものとなっております。

それでもなるべく客観的に説明していきたいと思います。

 

人のランニングフォームはその人の骨格や筋肉・腱、体の使い方によりそれぞれ異なります。

それを比較するとランニングフォームの美醜はどうしても感じられます。

走るのが速い選手、とりわけ世界トップクラスのランナー達のフォームは速いだけでなく、非常に美しいと私は思います。

フォームがきれいなランナーが全て速いランナーとは限りませんが、速いランナーの中にはフォームがきれいであることが非常に多いです。

 

そしてケニア人のランナーは世界でもトップクラスの選手が非常に多いです。

ラソンでみても現在世界トップ10人中、6人がケニア人という状況になっています。

マラソン - Wikipedia

トップクラスのケニア人の走りは、くどいようですが本当に美しいフォームです。

 

それでは何故彼らのフォームが美しいのか説明していきたいと思います。

 

そもそもの話ですが、何故速いランナーのフォームを美しいと感じるのか、というところから話していきたいと思います。

 

まず美しさを感じる要素としては速さはあまり重要ではありません。

なので同じ速さでもフォームの綺麗な人とそうでない人は分かれます。

 

例えば短距離の選手で言うと私は伊藤浩司選手の走りは美しいと感じますが、桐生祥秀選手には美しさを感じません。

同じくらいのベストタイムを持っていても、です。

 

何が違うのかというと体幹部分の使い方が違っています。

伊藤選手はアフリカ系の選手のフォームに近い、体幹を動的に利用した走り方をしています。

具体的に言うとフォームを正面から見ると頭から骨盤にかけて左右に波打つような動きが見られます。

 

桐生選手にはこの動きがありません。

頭から骨盤まで真っすぐ固定していて手足の力で走っています。

(興味のある方は下記の動画をそれぞれご参照ください)

www.youtube.com

 

www.youtube.com

 

つまり体幹を前に進む動き、走る動きに合わせて無理なくスムーズに重心をコントロールできているか、単に力に振り回されないよう固定してしまっているかの違いになってきます。

 

体幹の動きについてはこちらのページをご参照ください:”ルディシャの振り子” - ランニング言いたい放題

 

大体速さだけを気にするのであれば美しくある必要はありません。

走る必要すらありません。

現代の日本では人間が走るよりも自転車のほうが速いし、自動車や電車や飛行機やロケットなんかは比較にならないほどの速さです。

現実的に考えるのであれば走るよりも圧倒的に便利な移動手段に溢れている現代において、人間の走る速度の価値はほぼありません。

世界一速いランナーであっても、原付バイクに乗った素人より速く走ることはできないのですから。

 

ただ、それでも美しいというのは人の目を惹きつけます。

より速いものに溢れていても、速いランナーは多くの人々を惹きつけています。

本当にランナーの走りが無価値なのであればプロスポーツとして通用しません。

 

このことについて私なりにある程度理屈をこねて説明することはできます。

 

美しいというのは無駄がない、効率的な動作のことでもあります。

人間の体全身を余すことなく的確に使いこなす様を私は美しいと感じます。

 

つまり 美しい = 効率的 と考えているわけです。

 

速さ、厳密に言うと速度は時間と距離から求められますが、時間とは人間が「つい」最近意識するようになった単位です。

時間は時計が無いと正確に測れないもので、決して直感的ではありません。

体内時計だとか腹時計とか言いますが、それはかなり不正確なものです。

なので時間を知る前の人類にとって、速さはあいまいで主観的、或いは直接比較することでしか感じられないものでした。

 

対して効率というのは生活に露骨に現れます。

同じ距離を移動しても効率の悪い人は良い人よりも多くの食料を必要とします。

燃費が悪いことははっきりと体感できるのです。

そしてそれは人類が野生動物に等しかった時は死活問題になります。

 

その為人類は効率を目指すことを余儀なくされたでしょう。

自分の体を余すことなく無駄のないように使う方法を必死に考えたはずです。

 

そのため効率的な動きをしている人は、マネするために目を向けるようになり、それが美徳として集団の中でもてはやされるようになった、と私は考えます。

 

つまり 効率的 = 美徳 = 美しい ということです。

 

先ほどと同じ構図となりましたが、順序が違います。

要するに美しい動きは効率的なのではなく、効率的だから人は美しいと感じる、ということです。

 

さて、ようやく本題に移れます。

何故ケニア人の走りは美しいのか、です。

 

私はケニア人が美しい走り、効率的な走りができるのは置かれている環境に要因があると考えています。

ケニアは現在、日本と比べると決して豊かではなく、少なくない餓死者を出すこともあります。

そしてケニアでランナーになるのはケニアの中でもより貧しい農家の子供です。

そういった子供たちは少ない食事の中で多く働ける・大きく動ける能力を求められます。

また、ケニアはまだまだ交通インフラも貧弱なので、自分の体で移動することが未だに現役です。

しかも、道はデコボコしていて、酸素の少ない高原ということも上乗せされます。

 

効率的でないと生きていけないのです。

 

ケニア人のトップランナーはこのような厳しい環境に置かれた、無数の農家出身のランナーから選び出されます。

 

だからこそ、彼らの動きは美しいのです。

そして、人の体という限られた資源を効率的に運用できる彼らが結果的に現在、世界で最も優れたランナーになっています。

 

日本は交通インフラについては世界の中でもかなり恵まれており、誰でも手軽に走るよりも断然速い移動が可能になっています。

ただ、そんな環境であっても未だに多くの人は速いランナーに注目しています。

子供はその傾向が特に強いですね。

足が速くなりたいとか、スポーツ選手に憧れる子供は多いと思います。

車や電車の運転手になりたいとか、とか飛行機のパイロットになりたい、という子供も多いでしょうが、スポーツ選手に憧れる子供と数は大きく変わらないはずです。

 

もし数字的な速さだとか力の強さだけに注目しているのであれば、人より速いもの・強いものはたくさんあります。

にもかかわらず、それでも人単体に憧れるのは、どんなに文明が進化しても人が一種の動物で、そのときの生態が嗜好に色濃く残っていることを示しているのではないでしょうか。

 

今回はこのあたりでお終いにしたいと思います。

ご精読ありがとうございました。

 

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長距離ランナーにとって重要な身体能力を物理的に考える

今回の記事は長距離を走るランナーにとって重要な身体能力について考察してみました。

まずは身体能力の定義からです。

一般的に身体能力というと若干広い意味があるので、なるべく厳密にします。

 

身体能力ですが、当然かもしれませんが精神的なものを除きます。

性格や嗜好、気力的なものですね。

あとは技術的要素も該当しません。

つまり、バランス感覚だとか運動の巧緻性、走り方などがこれにあたります。

 

なので、要するに今回書く身体能力とは人間の身体のスペック、ポテンシャルと言ったほうが正確です。

身長や体重、筋力や足の長さといったものですね。

 

以上を前提として話を進めていきたいと思います。

 

長距離ランナーにとって最も重要な身体能力が何かを考えるときに、まず参考になるのは現代で最も速いランナーたちの体つきです。

現代で最も速いランナーたちはケニアエチオピア出身のアフリカ系ランナーに集中しています。

彼らの見た目は手足が細くて長いです。

下の写真は男子フルマラソン世界記録保持者のエリウド・キプチョゲ選手です。

f:id:akttsugou:20190413123121j:plain

【エリウド・キプチョゲ インタビュー】 ロンドンへの決意とフライプリント。 「世界記録で走ることが自分の使命」より引用)

 

彼もまた手足が細く長いです。

 

何故手足、特に足が長くて細いほうが有利なのかというと、逆に足が太いと足を前後に振る時に必要な労力(モーメント)が大きい、つまり足を動かすのが大変なので、足は細いほうが有利です。

足の長さは身長に対するストライドの割合に影響してくるので、長いほうがストライドが伸びて有利です。

 

この辺りは一般的にも良く知られていることなので、割愛します。

 

他に重要な身体能力を考えるにあたって参考になるのは長距離ランニングの特性ですね。

長距離ランニングで重要視される要素としてはエネルギー効率があります。

自動車で言うなら燃費の良さですね。

ケニアエチオピアの選手は皆、ランニングエコノミーに優れていると聞きます。

ではエネルギー効率にかかわってくる身体能力とは何でしょうか。

 

先ほどの細長い手足もエネルギー効率にかかわってきますが、もう一つエネルギー効率に大きくかかわってくる身体能力としては弾性があります。

ランニングは跳躍の連続動作なので、弾性に優れているほうがエネルギー効率上は有利です

弾性とは弾みやすさのことで分かりやすい例で言うとバスケットボールとか、スーパーボールは弾性に優れています。

スーパーボールは前方に投げて地面につくと弾んでどんどん進んでいきますよね。

ちょうど人間のランニングも同じようなものです。

逆に陸上競技砲丸投げで使われるあの鉄球(砲丸)は同じ球でも弾性はほとんどありませんので、投げて地面についてもほとんど弾みません。

 

人間の弾性はどこから発生しているかというと主にアキレス腱とかのです。

あとは筋膜もかかわってきている可能性がありますが、筋膜自体は医学的研究が発展途上なので、ここでは記述を控えます。

なので弾性に優れている身体=強力なゴムのような腱を備えている身体、という認識でひとまず大丈夫だと思います。

 

強力なゴムのような腱ということは身体の柔軟性は低くなります。

つまり身体の弾性と柔軟性は負の相関関係にあります。

手で簡単に伸ばせてしまうような柔らかいゴムは弾性がほとんどないので。

なので、身体の柔らかい人は実は長距離ランナーにあまり向いていません。

物理的に考えて上記で説明してきたように難しいこともありますし、私の経験上も速いランナーは皆体が硬い傾向にあります。

逆に体操選手のように体の柔らかい選手で速いランナーはほとんど見たことがありませんし、ケガもかえって多いです。

体の柔らかい人が長距離を走るとケガが多い理由としては本来は弾性によって賄えるはずの運動エネルギーを得られないので、筋肉で無理をしてスピードを維持するしかなく、非効率的だからです。

だから、弾性に優れた選手に比べ同じ速度で走る時のエネルギーの消耗が激しく、結果ケガもしやすくなります。

 

ストレッチをしたほうがケガをしにくいというのは、主に日常的な運動不足により腱や筋肉が固まっていて関節の動きが悪い人にしか当てはまりません。

現代人は座ったり、立ちっぱなしであったりとかなり多くの方が(おそらくこれを見ている読者の方もほぼ該当するでしょう)日常的に運動不足であるためにストレッチのような準備運動が必要なだけです。

一定以上の柔軟性は長距離ランナーにとって必要ではありません。

むしろケガが増える可能性が高いので個人的には不要だと考えています。

 

手足の細長さと弾性が重要ということから逆にそれほど重要ではないと思われる身体能力要素がもう一つあります。

それは太くて強力な筋肉です。

筋肉の発揮できる力は筋肉の断面積に比例するので強力な筋肉は太く重くなってしまいます。
そうすると手足の細さの下りで説明した通り、足を動かすときに必要な労力が増えてしまうために非効率になってしまいます。

また、ランニングは跳躍の連続であるため、筋肉が多いと重くてあまり弾まなくなってしまいます。

同じスーパーボールでも重りが無いものとあるものでは無いほうが高く弾みます。

それと同じです。

 

短期的に見るなら筋力を発揮して大きく弾むことはできますが、筋肉が動くには糖質や脂質などエネルギー源、自動車で言う燃料を必要とするので、中長期的に見ると筋力で弾むことはすぐに燃料切れが起きるので効率的ではありません。

長距離ランナーに必要な筋肉としてはボディビルダーのような太くて大きい筋肉ではなく、細くて持久力に優れたものであることが考えられます。

 

結論をまとめると手足が細長く、弾性に優れていることが長距離ランナーにとって重要な身体能力ということになります

 

これを自身に活用するとしたらより重要なのは弾性のほうです。

何故かというと手足の細長さ、特に長さはほぼ生まれつきの遺伝で決定してしまうため工夫の余地が無いからです。

弾性はこちらも先天性的な部分は大きいでしょうが、最近の研究では腱自体は鍛えることによってある程度その能力を高めることが可能だと言われているようです。

(参考:How to Strengthen Tendons and Ligaments | Livestrong.com

 

また、弾性というのは身体能力ですが、例え弾性に優れていなくても身体技術により結果的に弾性に優れている身体と同じくらい弾むことがある程度可能です。

簡単に言うと体の使い方、弾み方がうまい人は身体の弾性がそれほどなくてもより弾むことができるということです。

上手く弾むためのトレーニングとしてはプライオメトリクストレーニングがあります。

これはネットで調べていただければいくらでも出てくると思いますので、そちらを参考にしていただければよいかと思います。

(参考:運動選手のためのプライオメトリックワークアウトのトップ6 - Freelap USA

 

今回はこの辺で筆を置きたいと思います。

お付き合いいただきありがとうございました。

 

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筋肉ではなく骨を中心に走る

皆さんは普段腕立て伏せやスクワット、プランクなどの筋力トレーニングを練習に取り入れているでしょうか。

私は筋トレをすることはほとんどありません。

何故なら動きが未熟で筋トレをする段階に至ってないからです。

 

今回は体の基本的効率的な動き方について書いていこうと思います。

 

ランニングをするときはどこどこの筋肉を使うといい、とか、どこどこの筋肉を鍛えたほうがいい、とか良く耳にしますが、私はナンセンスだと思います。

 

何故かと言うと人の動きの中心は『骨』だからです。

 

人は筋肉に逆らって動くことはいくらでもできます。

むしろ人間の動きは何であれ、どこかしらの筋肉の動きに逆らって動いています。(拮抗筋ですね)

しかし、骨に逆らって動くことはできません。

こんな動きが出来たら骨折してしまいます。

 

これだけでも骨が重要だとわかりますが、もう少し分かりやすい例を出して説明しましょう。

 

野球のバッターで例えてみます。

バッターにおいて最も大事な要素は何だと思いますか。

筋力でしょうか?

それともスイングスピードでしょうか?

 

答えは「バットをボールに当てられること」です。

 

どんなに力があっても、どんなにスイングのスピードがあっても、ボールに当てられないバッターの価値は『ゼロ』です。

バットがきちんと動かせるようになって初めて筋力は意味を持つのです。

 

ここで言うバットは骨にあたります。

つまり、言い換えると骨がきちんと動かせてから筋力に目を向けるべきなのです。

 

筋肉を中心とする弊害は他にもあります。

まずは筋肉の走行の問題です。

 

走る時であればハムストリングスを意識すればいいと良く言いますが、もし本当にハムストリングスだけ働いたら大変です。

ハムストリングスはお尻から膝のあたりまで厳密に真っすぐついているわけではないので、斜め後ろに足が振られます。

そしてそれを補正するために他の筋肉は逆の向きに力を発揮しなければいけません。

そうやって方向を調整するわけですが、はっきりいってその動きは無駄の一言に限ります。

一つの筋肉で完結する動きなんて人体の構造上ありえません。

無数の筋肉がお互いに調和することで人は動くことができるのです。

繰り返しになりますが、調和できてないのに筋トレするなんて百年早いです。

 

弊害の2つ目としては感覚が悪くなるということがあります。

 

骨で動くとは言うものの、人間の骨はご存知の通り筋肉で包まれています。

なので筋肉に目が言っている人は骨を感じることはまず無理でしょう。

先の例のバッターで言うならバットの位置や軌跡、動きを認知できないバッターがボールにバットを当てることができるかというと、まあまず不可能でしょう。

 

そもそも、骨の配置が綺麗に揃っていて、骨がきちんと動かせていれば、それに対応した筋肉が自然と最適な形で発達します。

わざわざ部位を特定して筋トレする必要はほとんどないのです。

 

もしボディビルダーのように見せる筋肉をつけたいのであればまた話は異なりますが、あらゆるスポーツにおいて不要な筋肉は無用な重りであり、無駄なエネルギーを消費し、結果パフォーマンスの低下に繋がります。

 

スポーツにおいて筋トレというのは体全体のバランスを選手が理解していて、同じく理解のあるサポーターが付きながら慎重に行うものなので、そういった環境がそろっているプロ選手がやるのであればまだしも、そうではない市民ランナーや学生ランナーが手を付ける必要性はかなり低いです。

むしろ無駄な筋肉をつけてしまったためにパフォーマンスが落ちて、かえってケガし易くなります。

つまり時間の無駄です。

遅くなるためにトレーニングしているようなものです。

 

私もいまだ動きは直すべきところがあるので、筋トレは練習に取り入れる予定はないです。

 

骨を最適に動かすことが無駄のない動きにつながりますが、これはなかなか難しいことなのです。

稀に結果的に出来ている人もいますが、大多数の方はそうではないかと思います。

 

そこで私が考える骨を最適に動かすようになれる方法を提案します。

あくまで方法の一つなので、必ずできるようになるわけではありませんが、多少参考にはなるかと思います。

 

骨から動かすようになるためにはまず骨格を覚えることから始めます。

人体の骨格標本が目の前にあれば話は早いのですが、そういう機会はなかなかないでしょう。(私も人体模型がほしい)

ネットで調べれば骨格図とか沢山あるので、それで見るのもいいと思います。

また、最近は骨はもちろんのこと、筋肉や神経など人体構造を、3Dグラフィックで好きなだけ見ることができるサイトやアプリもありますので、かなり簡単に学ぶことはできると思います。

 

参考リンク(PC推奨):Human Anatomy and Disease in Interactive 3D | BioDigital Human Platform

 

3Dで見てみればわかりますが、骨格は自分が考えていたものとはかなり違ったりします。

肩甲骨の形がかなり複雑になっているところや、肩が胴体と骨で接しているのは胸の前の鎖骨であることとか、太ももの骨である大腿骨はL字になっていて真っすぐ下に伸びているわけではないところなど、おそらく沢山あるかと思います。

 

次にその骨をどう配置したら、どう動かしたら効率的かを考えます。

これはどんな動作をするかスポーツによって分化するところでもあると思います。

ランニングであれば頭蓋骨、背骨、骨盤、大腿骨、脛骨、腓骨、および足部の骨がどう並んでどう動かしたらバランスが取れていて無駄がないか、また肩甲骨から始まる腕の部分をどう動かせばいいのか、と考えることになります。

どう動かせば正しいかを一から考えるのは難しいので、私は速い選手、主にケニア人ランナーの動きから骨の動きを想像して、便宜的にそれを効率的なものとしています。

 

そして最後に自分の骨がどうなっているか感じながら、理想とする骨の配置や動きに重ねていくのです。

これは何も動く時だけでなく、ただ立っているときの姿勢から理想の配置を目指します。

 

これらのプロセスを踏むことによって立ち姿勢や動きがどんどん最適化されていくだろうと思われます。

そして骨を中心に動くことができればそれに見合った筋肉が自然とつき、結果的に体全体の最適化につながると私は考えています。

 

何もこれはスポーツだけでなく、日常的な体を使うこと、または体の姿勢を整えるなど健康の改善にも役立つ方法だと思います。

 

興味があったらぜひ試してみてください。

 

 

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地面を感じられないO脚

今回はランニングとO脚についての話です。

O脚というのは見た目もあまりいいとは言えませんが、それはランニングにおいても影響を及ぼすのではないかという考察についてまとめていきたいと思います。

 

日本人だとO脚の方は多いと思います。

私自身ももれなくO脚です。

なので、この記事は私にとっても耳の痛い話ではありますが、現実を直視すべく、筆を取った次第です。

 

O脚とはコトバンクによると下のように説明されています。

内反膝ともいう。足をそろえて立った場合に両膝関節の間が開くものをいう。

(中略)

両膝やくるぶしの間に指が,O脚で2本以上,X脚で3本以上入る

O脚(オーきゃく)とは - コトバンク

 

私は指が4本くらい入るので、残念ながらかなりのO脚です。

そしてO脚の私だからこそわかることがあります。

 

少し自慢になりますが長い競技歴のおかげで、その人の姿勢や動きで無駄な力が入っているかどうか、一目見ればわかりますし、その人がどのように自分の体を使っているのか、ある程度予想することができます。

それで他人の走りの動きや普段の姿勢から予想した体の使い方と、私の体の使い方はどうやら違うことに気が付きました。

 

それは何かと言うとO脚である私は、O脚でない人に比べて立っているだけで無駄に力を使っている、ということです。

自分の立ち姿勢と、足が真っすぐな人の立ち姿勢を比べると、明らかに私は全身の緊張が高く、真っすぐな人は自然とリラックス出来ているのです。

 

それについて私の率直な主観を述べると、私は「地面を感じられていない」のです。

 

私から見ると足が真っすぐな人は無駄に力が入ることもなく、本当に自然に立てていることが直感的にわかりますが、それに比べると私はふらふらするし、力んでいるし、ストレートに地面の感触を味わえていない、と昔から感じています。

 

他のO脚の方も私と同じように緊張が高めの人が多いように見えるので、恐らくこれは私だけではないでしょう。

ただ、自分と他の人で体の感覚が違うことなど普通は分からないor考えないでしょうし、比較対象がないと自分が力んでいるのかどうかはわからないので、少なくない人はこのことを自覚していないのではないかと思います。

 

これは私の主観なので、客観的な補足を書いておきます。

 

O脚は下半身の骨の配置、アライメントが崩れている状態です。

前から見て膝関節が開いているために荷重は外に逸れ易く、バランスが悪いです。

また、膝が内反、つまり内側を向いているために下腿、ふくらはぎが内側を向き、その結果足の内側縦アーチも落ち、平たく言うと偏平足気味になります。

まとめると動く時の力は分散しやすいし、立つだけでもバランス悪いのでふらふらするし、何なら足のアーチも崩れているのでバネもない、効率も悪ければ疲れやすい状態と言えます。

そして普段から力んでいるために足は太くなりやすいですし、ついでに血やリンパの循環が悪くなりがちなので、むくみやすく回復しづらいと考えられます。

 

この条件ですと、どんなスポーツであっても有利には働かないと思われますが、ことランニングにおいてもO脚はあまりよくありません。

 

まずバランスが悪いというのが大きいです。

走るサイクルの中に両足で立つ場面はありません。

左右片方の足でバランスを取らなければいけないので、バランスが悪いと余計に筋肉を使う必要が出てきます。

 

また力が分散してしまうと前に進む力が弱まってしまうので、ここでも余計に力を使わなくてはいけません。

 

下半身の骨の配置が曲がっていて、アーチも落ちているということは体のバネをうまく使うことができず、衝撃吸収及び弾性・反発力において不利になります。

 

そして何より、常に筋肉が緊張気味であるため、感覚が鈍いです。

足全体、いや体全体が常に緊張していると足裏の感覚や体の各部位の位置感覚が掴みづらいために、競技においてかなりマイナスになるでしょう。

 

人は地面に触れていないと力を十分に発揮できません。

自然と地に足つけられていない、地面を感じられないO脚は自分の力を活かせないのです。

 

他のスポーツでも不利になる可能性が高いでしょうが、少なくともランナーにとってO脚でいいことはほとんどないと思います。

これは世界トップクラスのランナーたちを見れば一目瞭然です。

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Sub 2 Hour Marathon – NIKE #BREAKING2 Attempt - YouTube

中央赤いシャツはマラソン世界記録保持者のエリウド・キプチョゲ選手、一番右は1500m・5000mの北米記録保持者のバーナード・ラガト選手です。

他の選手も皆速いランナーですが、見事に足が真っすぐですね。

O脚気味に見えるのは一番左の選手だけでしょうか。

 

O脚の多い日本人選手であってもトップレベルに近づけば近づくほどO脚の人は少なくなっていきます。

それだけO脚は不利だという一つの根拠になると思います。

 

ただ、必ずしもO脚の人が速くなれないかというとそうではありません。

 

恐らく無視できない不利な要素ではありますが、それだけでランナーの優越は決まりません。

ランナーの優越を決める要素はいろいろあり、O脚もその要素の一つにすぎません。

なので、そこまで悲観することはありません。(散々書いておいてあれですが)

 

また大多数のO脚は生まれつきの体の問題ではなく、生活習慣や個人の癖の問題だそうなので、矯正することができるとのことです。

私はその道の専門家ではないので矯正については詳しくはわかりません。

もし気になる方は専門家を訪ねて治してもらうのが手っ取り早いと思います。

そうでなくても生活習慣や癖を変えることでも治せるらしいです。

私も昔からO脚のデメリットは認識していましたが、そろそろどうにか直そうと思っています。

 

一応念のために書いておきますが、O脚を治そうとする場合、知識のない方が自己流でやることはあまりお勧めしません。

もし、本当に治そうと思うのであれば、専門家に相談したほうがいいでしょう。

 

今回はこのあたりで終わりにしたいと思います。

ランニングの参考にしていただけたら幸いです。

 

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ケニア人とララムリに学ぶ、ランニングの原点

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ランニングと聞いて何を思い浮かべるかは人それぞれだと思います。

例えばスポーツだとか、健康だとか、ダイエットだとか、はたまた修行だとか。

 

今回はケニア人やララムリなど調べているうちに気が付いた、ランニングの原点について書いていきたいと思います。

 

一般的であれプロであれ、ランナーは皆さんそれぞれ違った目標・目的をもってランニングをしていると思います。

なので「あなたにとってランニングとは何か?」という質問への答えは十人十色でしょう。

ただし、そのさまざまな答えの中には今回のテーマである「ランニングの原点」と重なる回答は恐らくないと思います。

そしてこれは、題名で上げたケニア人とララムリ(タラフマラ族) は両者とも共通している要素でもあります。

 

勿体ぶってもしょうがないので、先に答えを言ってしまうとケニア人とララムリに共通するランニングの原点とは「移動手段」であるということです。

 

ケニア人もララムリも交通網が発達していなかったり、経済的な事情から日常の大部分について、移動手段が自分の足であることがあげられます。

歩いたり、走ったりすることが彼らにとって主要な交通手段ということです。

 

比べて日本人は移動手段として歩くことはありますが、それは1日数分や長くて数十分程度の非常に短い時間です。

特にランニングになると私たち日本人にとっては”非”日常なのです。

 

移動手段に求められる要素としては快適であること、信頼性が高いこと、効率的であること、なるべく速いことなどがあげられると思います。

上記の条件で見ると、日本人のランニングは移動手段に足りえないのです。

 

まず、走る時に自分を追い込むことはしていても、快適に、言い換えると不快に思わない、全く疲れを感じない速度で走る人はかなり少数でしょう。

移動するだけなのに肉体的にだけでなく精神的にも苦痛であれば日常的な移動手段となりません。

 

効率的かどうかもそうです。

日本人のランニングはとにかく速いことばかりに目が向けられているので、効率的かどうかをそこまで重視されていません。

 

信頼性、という点に至ってはほとんどの日本人が脱落するでしょう。

移動している途中で足が痛くなって動けなくなっては移動になりません。

年中移動したいとき、その距離だけいつでも動けることが重要です。

 

これらを満たしたうえでなるべく速く移動するとなると、歩くよりはほんの少し速いペースで走ることになります。

これが本来、ランニングにおいて基本のペース・走り方なのではないかと私は考えます。

 

例えば私がケニアでのトレーニングで、特にきつい練習ではない”抜き”の練習の日のJOGに同行させてもらったときは、JOGのペースの遅さに驚きました。

あまりにも遅くて時計を見たらペースはキロ8分になっていました。

私は今も昔もキロ8分ペースで走ることは例えLSDLong Slow Distance、危ない薬じゃないよ)でもなかったので、私より速いランナーがこのペースで走るのが不思議でなりませんでした。

今思えば、こういったゆったりとしたペースは彼らが日常でちょっと急ぎたいときにこんなペースで走っていたのでしょう。

 

ケニアのニャフルルでは車やバイクではなく、歩いて移動する人が多かったです。

特にランナーになるような裕福ではない農家であればなおさらです。

毎日1時間や2時間以上アスファルトではない不整地を移動するのは珍しくないのです。

 

そしてララムリの場合ですが、調べた限りだと彼らは特にランニングの練習をするわけではありません。

ララヒッパリという伝統行事で走る以外は、山の上で日常生活を過ごしているだけで世界が注目するほど走れるようになるのです。

 

下のリンクの動画に出演しているララムリのアルヌルフォ・キマーレは子供のころから水くみで急斜面を往復したり、100キロのレースに出るために2日間夜通しで移動したりしています。

www.youtube.com

 

つまり、両者に共通することしては足・体を一つの道具、移動手段として使う点です。

 

移動手段として足を使うのと、非日常的にスポーツとしてランニングするのでは体の使い方が絶妙に違ってくると私は考えています。

そして体の使い方が異なるのであれば、体のつくり、筋肉とか腱、骨、心肺機能の発達具合も違ってくると想像できます。

 

なので、非日常的な走り方しかできないランナーよりも、あくまで移動手段として長時間・疲労しない・ケガしないレベルで体を使うという、本来あるべき段階を踏んできたランナーのほうが優れているのはある種当然のことではないでしょうか。

 

子供の時からそういった経験の少ない日本人が一足飛びにスポーツとして走るのは、何らかの不具合が生じてもおかしくないのではないでしょうか。

 

もちろん原点を通っていなくとも原点の要素を自然と身に着けているランナーもいます。

ただ、それはかなり少数で、少なくとも1年の間で1回以上ケガ(外傷を除く)をしている人は身についてないと言えます。

 

現代の日本人にとって、この条件をクリアすることは非常に厳しいと思います。

先に挙げた移動手段としての条件である快適性・信頼性・効率性・速さで考えるなら車や電車、自転車など優れた移動手段が沢山あるからです。

 

ただ、ケガで悩んであるのであれば、こういった体の使い方を身に着けるようなトレーニングを取り入れてみるのはアリだと思います。

 

長い時間、できれば不整地で決して疲れないレベルのゆっくりなペースで走るのです。

あくまでただ移動するためのように走るので、例えば車を運転しているかのように。

ランニング初心者はもちろんのこと、上級者であっても有効な練習になると考えています。

この練習には特別な道具もコツも必要ありません。

 

興味がありましたら試してみてはいかがでしょうか。

 

 

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